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愛宕神社  その2
2009.07.04 Saturday 19:00
かの有名な出世の石段を登りきると、そこには今までの都会の雰囲気とは、全く違った世界が広がっています。


愛宕神社1



正面の門の前にあるのは、茅の輪(ちのわ)です。


この茅の輪は、元々は罪や穢れ(けがれ)をお祓いするために使われるものです。


これをくぐることにより、罪穢れがはらわれると言われております。


実物を、見たのは初めてだったので、とっても嬉しかったです!!




言うのが遅れてしまったのですが、愛宕神社は、徳川家康公命により作られました。


「この紋所が目に入らぬか!!」


茅の輪が置かれていた扉には、葵の御紋が!!



愛宕神社4



朱色の扉に、葵の御紋、とっても目立っていました!!




そして、ついに社殿が見えてきました。



愛宕神社3


木々に覆われていて、とても気持ちの良い社殿です。


色々な所に、葵のご紋があり、とてもすごいです!!



愛宕神社2


社殿の前には、「招き石」と言う石がありました。


いっぱい福を頂いてきました!!


横には、摂社があります。



愛宕神社5



ちょうど、境内に咲いているアジサイが綺麗だったので、一緒にとって見ました。


時間を忘れさせてくれる、とってもリラックスできる神社でした。




最後に、ここ愛宕神社は、歴史的にもう1つ有名なことがありました。


それは、万延元年3月3日に起こりました。


18人の水戸藩士がこの愛宕神社に集まり、成功を祈願して参拝しました。


そして、桜田門外で大老の井伊直弼を襲撃したのです。


そうなんです、この愛宕神社は、桜田門外の変の始まりの場所とも言ってよい場所なのです。




色々な歴史深い事実が、この神社から生まれました。


そんな愛宕神社に、ぜひ、参拝してみてはいかがでしょうか??



愛宕神社 御朱印





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愛宕神社  その1
2009.07.03 Friday 19:00
主祭神  火産霊命(ほむすびのみこと)



愛宕神社(あたごじんじゃ)は、小高い山の上にあります。


この山は、愛宕山と言われていて、自然に出来た山です。


こんなところに、自然に出来た山がぽつんとあるのも、とっても珍しいですね。


そんな愛宕山、東京23区最高峰(25.7m)だが、東京都で最も低い山なんです(^^;




江戸時代には、この愛宕山から、江戸城や江戸の町並みが見渡せたそうです。


勝海舟と西郷隆盛は、この愛宕山の上で江戸の町を見渡し、「この江戸の町を焼き野原にするのは忍びない」と言ったと言います。

そして、その後すぐに、江戸城無血開城への調印が2人によってなされた話はとても有名です。


今は、周りをビルに囲まれてしまっていますが、そんな昔の風景を想像しながら行くのも良いかも知れません。




さて、正面に着きました。


まずは、コマちゃんがお出迎えしてくれます。



愛宕神社6愛宕神社7



身体のラインなんかは、本当に生きているみたいですね!!


まるで、今にも歩き出しそうです・・・・。


本当に、立派なコマちゃんです!!




そして、このコマちゃんを見る頃には、これから起こる恐ろしい自体を、あなたは目にすることになっています(笑)


その恐ろしいこととは、「男坂(出世の石段)」です。


愛宕神社8



高低差20メートルの86段の坂がお出迎えです!!


お年寄りの女性が、この坂を一生懸命下りていたのですが、急な坂なので、見ている方がヒヤヒヤしてしまいました。


結構急なので、ご心配な方は、手すりを使ってくださいね!!


この坂には、講談で有名な「寛永三馬術」の曲垣平九朗(まがりがきへいくろう)のお話があります。


以下、愛宕神社のホームページより抜粋****


江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。


折しも春、愛宕山には源平の梅が咲き誇っておりました。


家光公は、その梅を目にされ、


「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」


と命ぜられました。


しかし、この愛宕山の石段はとても急勾配です。まあ、一度いらしゃってみて下さい。歩いてのぼり降りをするのだに、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。


下手すれば、よくて重傷、悪ければ命を落とします。せっかく江戸の平和の世に、こんなことで命を落としてはたまりません。


家臣たちは、みな一様に下を向いております。


家光公は、みるみる機嫌が悪くなってきます。


もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。


家光公。その者の顔に見覚えがありません。


「あの者は誰だ」


近習の臣に知る者はありません。


「おそれながら」


「おう」


「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者でございます」


「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」


平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。


平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと
伝えられております。


この故事にちなみ、愛宕神社正面の坂(男坂)を「出世の石段」と呼び、毎日多くの方が、この男坂の出世の石段を登って神社にお参りにみえております。


ここまで****



この坂を登ってきたので、きっと私も出世間違いないかな(笑)


次回は、ついに境内に参ります。



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