三備一宮 吉備津神社

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    御祭神  大吉備津彦命(きびつひこのみこと)





    吉備津神社は、備中国一宮であります。


    御祭神は、みなさん良くご存知の「ももたろう」のモデルであるとも言われています!!


    吉備津彦神社ホームページ


    吉備が、備前・備中・備後に分かれる前は、吉備津神社が吉備の総鎮主でした。


    吉備が、三国に分かれたときに、吉備津神社から大吉備津彦命の分霊を備前・備後の一宮に勧請したと言われています。


    そのため、吉備津神社は、現在でも三備一宮を名乗っております。







    JRの吉備線の吉備津駅を降りて、吉備津神社へ向かいます。


    駅を降りて、左手に少し歩きますと、石碑が見えてきます。



    吉備津神社


    ここの石碑は、この石碑と隣に写っている松だけになります。


    なんだか、少し違和感を感じるのは、私だけでしょうか??


    さらに、進んでいきますと、一の鳥居と松林が迎えてくれます。


    吉備津神社


    昔は、この近くに山陽道が通っており、この松のあたりも宿場町として栄えていたそうです。


    参道の立派な松並木は、なかなか見ごたえがあります!!


    参道の途中に、地神様が祀られている石碑があります。



    吉備津神社


    ちょうど赤い橋の脇辺りにありますし、とても大切に祀られています。


    そして、さらに進んでいきますと、車の駐車場、お土産屋さんが現れます。


    駐車場は結構広く、ほとんどの人は、車で来ていました。







    駐車場のすぐ脇に、手水舎があります。


    吉備津神社


    左手が手水舎、右手は矢置岩になります。


    この地域には、百済の王子の温羅(うろ)と大吉備津彦命の戦いにまつわる伝説やそれに関わる神社が多く残っています。


    温羅と大吉備津彦命は、互いに矢を打ち合い死闘を繰り広げました。


    最終的には、大吉備津彦命の放った矢が温羅の左目に当たり、それが致命傷になり温羅は退治されることになります。


    その矢の打ち合いで、大吉備津彦命が矢を置いていた場所が、この矢置岩だと言われています。


    毎年1月3日には、この矢置岩にて射手が、空中に矢を放ち四方からの災いを祓う『矢立の神事』が行われます。







    手水舎の横からは、登りが続きます。



    吉備津神社

    登りの途中に、北随神門があります。


    朱色がとても美しく、とても立派な随神門です。


    上から見た所です。



    吉備津神社


    屋根のコケの生した感じなどが、とても風流ですね。


    この随神門から見上げますと、拝殿を見ることが出来ます。



    吉備津神社


    急な坂道が、続きます。


    でも、登りもここまでなので、安心してくださいね!!


    そして、ついに拝殿に到着です!!


    登りきると正面に拝殿が見えます。



    吉備津神社


    正面の額には、「平賊安民 (賊を平らげ、民を安くす)」と書いてあります。


    まさに、上に書きました、大吉備津彦命と温羅との戦いのことを書いているのだと思います。


    ここまで着ましたら、一度後ろを振り返ってみてください。



    吉備津神社


    帰りに気がつくかもしれませんが、額や提灯がとても立派ですね!!


    長くなってきましたので、次回に続きます。



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